歯科コラムcolumn

インプラントで歯を支える治療 ― フルアーチ補綴設計という考え方2025/07/06

歯をすべて失ってしまった方にとって、もう一度しっかり咬めるようになることは、食事の楽しみを取り戻すだけでなく、日常生活そのものの質を高める意味があります。そうした患者さんに対して行われるのが、インプラントによるフルアーチ補綴と呼ばれる治療です。

この治療法では、上顎や下顎の歯がすべて失われた状態に対して、インプラントを複数本埋入し、その上に人工歯を固定して機能と審美の両方を回復させます。その中でもよく耳にする言葉に「オールオンフォー」や「オールオンシックス」というものがあります。これはそれぞれ、4本または6本のインプラントでフルアーチを支える治療設計を指しています。

ただ、実際の治療現場では、この数のみに依存した設計をそのまま当てはめるのではなく、患者さん一人ひとりの骨の質や量、咬み合わせ、口腔内の清掃性、咬合力の分布などを考慮し、個別に本数や位置を調整した設計が求められます。

当院でも、一般的なテンプレート設計ではなく、咬合力の分散と修復性を重視した構造を取り入れています。その一例として、上顎で7本のインプラントを埋入し、左右の第4番、第6番、犬歯、前歯部に配置することで、3方向から力を分散させる設計を行うことがあります。これにより、構造が過度に一体化せず、万が一部分的なトラブルが起きた際にも修復の自由度が保たれ、長期的な維持がしやすくなります。

一体型のブリッジ構造では、もし一部の人工歯が破損した場合でも全体を取り替えなければならないことがあります。しかし、あらかじめユニットごとに力の方向や構造を分散しておくことで、そのような負担を避けることができます。これは単なる利便性の話ではなく、咬合力が集中して起こる微細な破折や補綴物の緩みといったトラブルを事前に防ぐことにもつながります。

このようなフルアーチ補綴の成功には、インプラントの埋入位置や本数の選択だけでなく、咬合設計そのものへの理解と診断力が欠かせません。咬み合わせの高さや顎の動き、下顎の前方位、咬頭干渉の有無など、見た目では分からない咬合の情報を読み解きながら、設計を行っていきます。

また、咬合設計は補綴だけでは完結せず、埋入位置そのものにも影響します。たとえば、過度に前歯部に力がかかる設計になっていれば、埋入位置や角度を修正する必要がありますし、上顎洞の形や下歯槽神経との距離など、解剖学的な制限も慎重に見極めなければなりません。

このような治療を行う際には、インプラント技術だけでなく、歯周治療、咬合再構成、顎関節の評価、さらには審美補綴の知識まで、総合的な視点が求められます。当院では、診査診断の初期段階から治療計画立案、埋入設計、補綴設計、咬合調整、定期的なメンテナンスに至るまで、一貫した方針のもとで治療に取り組んでいます。

インプラントの埋入本数をただ多くすれば良いわけではなく、少なければ良いというものでもありません。適切な本数で、適切な位置に、無理のない角度でインプラントを配置する。そしてその上に、機能とメンテナンス性を両立した補綴物を設計することが、10年先、20年先まで安心して咬める口腔環境をつくる上で、もっとも大切な視点です。

治療の第一歩は、現状を丁寧に調べることから始まります。CTや口腔内スキャンなどを用いて、骨の状態、咬合のバランス、全身疾患との関連、現在の咬合習慣などを正確に診査し、そのうえで最もリスクの少ない治療法を提案します。

すでに歯をすべて失ってしまった方も、残存歯の保存が困難な方も、あらゆる治療の選択肢を整理しながら、最終的にどのような生活を送りたいか、どう咬みたいかという点を一緒に考えながら設計していきます。

インプラントによるフルアーチ補綴は、単に人工歯を並べるだけの処置ではなく、その人の生活や健康の基盤を再構築する、大きな意味を持った医療です。だからこそ、私たちは設計と診断を第一に、そしてそれを実現できる臨床力と体制を持って、丁寧に向き合っています。

咬めることの大切さ、歯を持つことの快適さを、もう一度取り戻すために。
まずは一度、ご自身の状態と可能性を正しく知ることからご説明いたします。

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