歯科コラムcolumn
歯周病学会ガイドラインから読み解く歯周病の世界【第4回】歯周病と認知症・関節リウマチ――口の中の炎症が脳と関節に影響する2026/05/04
シリーズ第4回は、近年の医学研究で大きな注目を集めている「歯周病と認知症」「歯周病と関節リウマチ」の関係を取り上げます。「認知症と歯周病が関係している」「リウマチが歯周病とつながっている」と聞くと、驚かれる方も多いかもしれません。しかし、最新の歯周病ガイドライン『歯周病と全身の健康2025』では、これらの疾患と歯周病との関連が独立した章として整理され、口腔の慢性炎症が脳や関節にも影響することが、エビデンスとともに明示されました。本記事では、武蔵小金井エリアの皆さまにもわかりやすく、ガイドラインの内容と日常での対策をご紹介します。
歯周病ガイドラインが示す「歯周病とアルツハイマー型認知症」
認知症は世界的な公衆衛生上の重要課題で、日本では2025年に約700万人、65歳以上の約5人に1人が認知症になると推計されています。中でも全認知症の約70%を占めるのがアルツハイマー型認知症で、脳にアミロイドβやリン酸化タウタンパクが蓄積し、神経細胞が徐々に変性していくことで進行します。歯周病ガイドラインは、近年蓄積されつつある以下のエビデンスを整理し、歯周病とアルツハイマー型認知症の関連を「注目すべき新しい領域」と位置づけています。
歯周病原菌が脳組織から検出された衝撃
2019年にScience Advances誌に掲載された研究では、アルツハイマー型認知症患者の脳組織から、歯周病原菌であるPorphyromonas gingivalis(Pg菌)と、その毒素であるジンジパインが検出されました。さらに、ジンジパインの濃度はタウ蓄積量と相関し、Pg菌に感染したマウスの脳ではアミロイドβ産生が増加したとも報告されています。歯周病ガイドラインはこれらの所見を「歯周病原菌が脳に直接到達し、アルツハイマー病理に関与している可能性を示した重要な研究」として取り上げています。
歯周炎による全身性炎症と神経炎症
歯周病ガイドラインがもう一つ強調するのが、慢性的に上昇するIL-6・TNF-α・CRPといった炎症性メディエーターが、血液脳関門を介して脳のミクログリアを活性化し、神経炎症を引き起こすという経路です。神経炎症はアミロイドβのクリアランスを妨げ、シナプス機能を障害することが知られています。すなわち、口の中で続く小さな炎症が、長い時間をかけて脳の認知機能を蝕む土壌になりうる、というのが現代の解釈です。
歯の喪失数と認知機能低下の疫学
日本国内の大規模コホート(JAGES)でも、歯の本数が少ない高齢者ほど認知症リスクが高いことが示されています。歯を失う原因の多くが歯周病であることを踏まえると、歯周病ガイドラインが歯の喪失を「重要なリスクマーカー」と位置づけるのは当然のことです。20本以上の歯を保つ「8020運動」の達成は、認知症予防の観点からも大きな意義を持ちます。
歯周病ガイドラインから見た「認知症予防のための口腔ケア」
ガイドラインの内容を踏まえると、認知症リスクを少しでも下げるための口腔ケアとして、次のポイントが重要です。第一に、若いうちから歯周病を予防・治療し、可能な限り多くの天然歯を残すこと。第二に、噛みごたえのある食事を続け、咀嚼を介した脳血流刺激を維持すること。第三に、家族や介護者は、認知症初期の方が歯みがきを忘れがちになることを踏まえ、口腔ケアの声かけ・付き添いを行うこと。第四に、義歯(入れ歯)が合わないまま放置せず、定期的に調整し、噛める状態をキープすること。第五に、軽度認知障害(MCI)の段階で歯周病の専門的評価を受けること——これらはすべて、歯周病ガイドラインが推奨する「認知機能維持のための口腔管理」の柱となる行動です。
歯周病ガイドラインが示す「歯周病と関節リウマチ」
関節リウマチ(RA)は、関節滑膜の慢性炎症が破壊的に進行する自己免疫疾患で、日本国内に約70万〜100万人の患者がいるとされます。歯周病ガイドラインは、RAと歯周病が「双方向性に影響しあう慢性炎症性疾患」であることを最新の知見とともに整理しました。
歯周病原菌「Pg菌」が産生するPADと自己抗体
Pg菌はPAD(ペプチジルアルギニンデイミナーゼ)という酵素を産生する唯一の細菌として知られています。PADはアルギニンをシトルリンに変換し、シトルリン化タンパクを生成します。シトルリン化タンパクに対する自己抗体(抗CCP抗体)はRAの診断マーカーであり、RA発症のきっかけになると考えられています。歯周病ガイドラインは、「Pg菌感染がRAの発症・進展に関与する可能性」を、有力な仮説として取り上げています。
歯周病とRAの双方向性
RA患者は、関節炎症のために手指の運動制限が起こり、歯磨きが行き届かなくなることが多く、また長期にステロイド・免疫抑制薬・生物学的製剤を使用しているため、感染性疾患である歯周病が悪化しやすい背景があります。一方で、歯周病治療を行うとRAの疾患活動性指標(DAS28、CRPなど)が低下するという介入試験が複数報告されており、ガイドラインは「歯周治療がRA管理の補助手段になりうる」と評価しています。
歯周病ガイドラインが推奨する「RA患者の口腔ケア」
RAの方に対しては、ガイドラインの観点から次のポイントを意識した口腔ケアが推奨されます。第一に、握りやすい太いハンドルの歯ブラシ・電動歯ブラシ・大型フロスホルダーを活用し、手指の負担を減らしながら丁寧な清掃を続けること。第二に、薬剤性歯肉肥大・口腔乾燥・口腔カンジダ症などの薬剤関連の口腔症状を早期に発見すること。第三に、生物学的製剤の導入前後では、リウマチ内科と歯科で情報を共有し、感染巣となりうる歯周病・根尖病巣の評価を行うこと。第四に、定期的なメインテナンスにより、関節炎の悪化期と歯周病の悪化期が重ならないように管理すること。これらは、ガイドラインが推奨する医科歯科連携の典型例です。
武蔵小金井で認知症・リウマチを意識した歯周ケアを受けるなら
武蔵小金井ハーヴェスト歯科・矯正歯科では、認知症のご家族の口腔ケア相談、リウマチ患者さんの歯周治療、生物学的製剤導入前後の口腔評価など、医科歯科連携を前提とした診療を行っています。お薬手帳・主治医からの診療情報提供書・関節リウマチや認知症の通院記録などをご持参いただければ、歯周病ガイドラインに沿った適切な治療計画を立案いたします。武蔵小金井・小金井市・国分寺・三鷹・小平エリアで、ご家族の認知症やご自身のRAと向き合いながら歯科治療を続けたい方は、お気軽にご相談ください。
よくある質問(FAQ)
Q1. 認知症の家族の歯みがきが嫌がられて困っています。どうすればいいですか?
無理に押さえつけるのは逆効果です。歯周病ガイドラインが想定する介護現場の実践では、声かけと環境調整(明るい場所・座位の安定・短時間で済ます)、本人が握りやすいブラシ、フッ化物を含む洗口液の活用などを組み合わせます。歯科衛生士のアドバイスを受けることで、家庭でのケアの負担が大幅に減ることがあります。
Q2. リウマチで生物学的製剤を使う前に、本当に歯科受診が必要ですか?
はい、強く推奨されます。生物学的製剤は感染リスクをわずかに高めるため、感染源になりうる歯周病・根尖病巣の評価と治療を導入前に済ませておくことが、ガイドラインや専門学会の共通推奨です。リウマチ内科の主治医とご相談のうえ、早めに歯科を受診してください。
Q3. アルツハイマー型認知症の予防に「歯みがき」が役立つって本当ですか?
「予防が確実にできる」と言い切ることはまだできませんが、歯周病による慢性炎症を抑え、歯を残し、よく噛める状態を維持することは、複数の観察研究で認知症リスクの低下と関連していると報告されています。歯周病ガイドラインも、認知症予防の総合戦略の一部として口腔ケアを位置づけています。
Q4. 軽度認知障害(MCI)と診断されました。今から歯科でできることは?
はい、たくさんあります。MCIの段階で歯周組織検査・う蝕評価・義歯評価を済ませ、ご自身でメインテナンスができるうちにセルフケアの再教育を行い、必要があれば家族・介護者向けの口腔ケア指導も並行します。これがガイドラインの推奨する「先回り」の口腔管理です。
歯周病ガイドラインが整理する「咀嚼・噛むこと」と認知機能の関係
歯周病が認知症リスクに関与する経路として、ガイドラインがもう一つ重視しているのが「咀嚼機能の低下」です。咀嚼はあごの動きと舌の動きを介して、海馬・前頭前野・小脳など、記憶や学習に関わる脳部位を活性化することが脳機能イメージング研究で示されています。歯周病で歯を失う、義歯が合わずに噛みづらい状態が続くといった「咀嚼不全」は、脳への入力刺激を慢性的に減らすことになり、認知機能低下リスクを底上げしてしまいます。歯周病ガイドラインは、咀嚼機能の維持を「認知症予防に資する重要な歯科的アウトカム」と位置づけ、定期的な咬合チェック・義歯調整・必要に応じた補綴治療(ブリッジ・インプラント)を含めた包括的な口腔管理を推奨しています。
また、噛むことは唾液分泌を促し、自浄作用・抗菌作用・消化作用を高めるだけでなく、自律神経系を介したストレス緩和にも寄与します。武蔵小金井ハーヴェスト歯科・矯正歯科では、認知症リスクの高い中高年期の患者さんに対し、歯周病治療と並行して「噛める口」の再構築をご提案しています。
歯周病ガイドラインが触れる「口腔フレイル」という概念
2025年版の歯周病ガイドラインは、高齢者の心身機能低下を意味するフレイルに先行する「口腔フレイル」という新しい概念にも言及しています。口腔フレイルは、滑舌の低下・食べこぼし・むせ・口腔の乾燥・咬合力低下といったわずかな変化から始まり、放置すると咀嚼障害・摂食嚥下障害・低栄養・サルコペニア・認知症進行へと連鎖していくことが報告されています。歯周病はこの口腔フレイルを加速させる最大の要因の一つであり、ガイドラインは口腔機能精密検査(オーラルディアドコキネシス・咬合力検査・舌圧検査など)と歯周組織検査を同時に行い、早期に対応することを勧めています。
歯周病ガイドラインが推奨する「RA・認知症患者×医科歯科連携」の実装ステップ
最後に、認知症や関節リウマチをお持ちの方の歯科受診をスムーズにするための、医科歯科連携の実装ステップを整理します。第一に、内科・神経内科・リウマチ内科などの主治医に「歯周病ガイドラインに沿った口腔ケアを始めたい」と相談し、診療情報提供書を作成してもらうこと。第二に、歯科受診時には、お薬手帳・直近の血液検査結果・関節炎症スコア・認知機能評価スコアなどを持参すること。第三に、歯科側からは、現在の口腔内写真・歯周組織検査の結果・治療計画を主治医にフィードバックすること。第四に、生物学的製剤導入時・術前評価時・がん治療開始時など、重要なイベント前後で必ず歯周病の再評価を行うこと。第五に、家族・介護者・ケアマネジャーも巻き込み、自宅・施設での口腔ケアの質を底上げすること。歯周病ガイドラインが本当に効果を発揮するのは、こうした多職種連携の中だけです。
まとめ——歯周病ガイドラインが示す「口の炎症は脳と関節にも届く」事実
歯周病は、口の中だけでなく、脳の認知機能・関節の炎症にまで影響する慢性炎症性疾患です。2025年版の歯周病ガイドラインは、アルツハイマー型認知症・関節リウマチに対する歯周病の関与を最新エビデンスとともに整理し、医科歯科連携と早期介入の重要性を改めて強調しました。歯ぐきの健康を守ることは、認知機能を守り、関節を守ることにもつながる——この事実をぜひ、ご自身と大切なご家族の毎日の習慣に活かしていただければと思います。次回は最終回、「腎臓病・肝疾患・がん」と歯周病の関係を取り上げます。
シリーズ記事一覧
- 【第1回】口の中の炎症が全身に及ぼす影響
- 【第2回】歯周病と心臓・血管疾患——治療でリスクマーカーが改善する
- 【第3回】歯周病と早産・誤嚥性肺炎——妊婦と高齢者に知ってほしいこと
- 【第4回】(本記事)歯周病と認知症・関節リウマチ——口の中の炎症が脳と関節に影響する
- 【第5回・最終回】腎臓病・肝疾患・がんリスクまで——口腔ケアで全身を守る
参考文献:特定非営利活動法人 日本歯周病学会編『歯周病と全身の健康2025』医歯薬出版、2025年3月発行。本記事は同書および関連査読論文をもとに、当院歯科医師が一般読者向けに編集したものです。個別の診断・治療方針は、必ず担当の歯科医師・医師にご相談ください。
